校長のことば

10月校長講話

 皆さん おはようございます。

 北高祭から早くも1か月が経とうとしています。生徒・保護者を対象に実施した北高祭に関するアンケートによると、回答のあった生徒・保護者のうち、86.6%が、「北高祭を実施できてよかった」と答えてくれました。ただ、実施に対して否定的な意見や指摘もありました。いただいた、ご意見等は今後の行事の改善にしっかりとつなげていきたいと思います。皆さん、ご協力ありがとうございました。そして、今回1人の感染者を出すこともなく、クラスターを起こすこともなく実施することができました。生徒、教職員、保護者の皆様、関わっていただいたすべての方々に心から感謝申し上げます。

 さて、今月、10月は古い月の呼び名では「神が無い月」と書いて「神無月」と言いますが、これは旧暦の10月に全国の神様が島根県にある出雲大社に集まるために、各地の神様が留守になることからこのように言われるようになったそうです。では、反対に、神様が集まってくる出雲地方では10月を何と呼んでいるのか知っていますか。そうです、「神在月」と呼びます。とらえ方が変われば表現も変わります。そして、視点を変えてみることは新たな発見につながります。皆さんも物事を「こうだ」と決めつけないで色々な角度から多面的多角的に見る力を養いいろんなことを「深く」考えてほしいと思います。

 そこで、今日は皆さんに深く考えてほしい「授業」についてお話しします。分散登校期間には同時双方向型のオンライン授業が行われました。これは皆さんの学びを止めないために先生方が工夫と努力を重ねて行ってくれたものです。この取組は、全県に誇れる素晴らしいものであり皆さんは、ぜひ、やりきってくれた先生方に感謝の気持ちをお願いします。

 先日、あるクラスの授業を参観しました。その授業では協調学習の一つである「知識構成型ジグソー法」という授業手法を使っていました。「知識構成型ジグソー法」とは一人一人のわかり方の違いを活用し主体的・対話的で深い学びを実現しやすい授業手法の一つです。つまり、一人ではなかなか解けない課題に対してみんなで協力し対話をしながら異なった視点や考え方をうまく使って、自分が納得できる答えを創り出していくものです。教わるというより生徒が学ぶ授業スタイルです。授業を受けていた生徒は、「わからない」「無理」と言いながらも、懸命に説明し、意見交換をしていました。この「わからない」というのは、「わかること」への入り口に立ったということです。「わからないこと」は決して恥ずかしいことではなくわかるためのチャンスなのです。一番いけないのは、「わかったつもりでいること」です。みなさんは「わからないこと」、「分かったつもりでいたこと」に気付いたら「よし、この課題を納得がいくまで考えよう」とチャレンジしてください。わからないと声を上げ課題にチャレンジしていくことで深い理解、深い学びへとつながっていきます。

 今、授業は先生が教えるものから生徒が学ぶものへと変わってきています。激動する社会において知識だけでは課題を解決していくことはできません。大学入試を突破することも難しくなります。皆さんは授業を受け身ではなく主体的な学習者として自ら学ぶ意欲を持ってください。そうすれば皆さんの中にある学ぶ力がどんどん大きくなり授業が面白くなってくるはずです。授業を活かして真の学力を身に付け世界にはばたいてください。皆さんは可能性の塊です。

 今月は、体育祭があります。そして、多くの授業を参観させてもらいます。君たちの輝く瞳に会えることを期待して本日の講話を終わります。